一橋大学(下)留学生には理解しにくい「ポテンシャル採用」

外国人留学生の就職支援

TOPhitotsu02.png お話をうかがった三浦美樹さん

政府の「留学生30万人計画」などを背景に、海外から日本の大学などへ留学する外国人が増加しており、卒業後は日本で働きたいと希望する留学生も多数います。そんな外国人留学生は、どのように就職活動に取り組んでいるのでしょうか。識者へのインタビューや大学の就職支援の実例を紹介します。


今回は、一橋大学の就職支援の取り組みについて2回に分けて紹介する第2回です。お話しいただいたのは、キャリア支援室特任講師の三浦美樹さんです。



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留学生にとって分かりづらい「ポテンシャル採用」

――日本の就活に関して、留学生が理解しにくいことはありますか?


留学生にとって分かりにくいのが、「ポテンシャル採用」です。そもそも出身国・地域では、採用選考において専門性やスキルが重視されるので、「ポテンシャル採用」の考え方が理解にしくいようです。特に「ポテンシャルをどうやって測るのか」が分からないので、自分の経験談のアピール方法に困惑してしまうようです。


例えば、留学生の多くは採用選考で、「大学院で専門知識を習得した」「学業で優秀賞に選ばれた」「自分の専攻に関する勉強と日本語能力試験の勉強を同時に頑張った」など、自分一人で勉強に励んだ経験を伝える傾向があります。そこで、イベントやキャリア相談では「日本の企業の場合、院生も含めて文系の学生には、周囲の協力を得ることで困難を乗り越えたという経験談を求めている 。仕事で活躍できるかを判断するうえで、特に日本人とかかわり合った経験のほうが企業にとって望ましい。だから、アルバイトや大学院でのゼミ・グループワークなどの経験談も活用しよう」と伝えています。


出身国・地域の考え方と大きく異なり、発想の転換が必要となるので、留学生にとっては難しいことだと思います。そのため、採用担当者から直接「学生/留学生に求めていること」などを話してもらうことで、日本企業の考え方が理解しやすくなるようにと考え、企業との交流会(11月開催)を企画しました。


また、院生は年齢が高いことも1つの傾向です。出身国・地域の大学を卒業して、語学学校を経て大学院に進学したという留学生もいれば、出身国・地域で数年間の職歴があって進学したという留学生もいます。職歴があると年齢も高くなり、27、28歳くらいから中には30歳くらいの留学生もいます。すると新卒で応募できない企業もあるため、就職活動に苦労しがちです。


何人かの留学生に聞いてみたところ、日本では年齢が高いと新卒で採用されづらいことや中途採用市場は非常に厳しいという就職事情を知らずに、日本の大学院への進学を決めているようです。大学院に行って専門性を高めれば就職しやすいと思っていたり、文系の新卒採用は大学・大学院で身に付けた専門性よりもポテンシャルが重視されることも知らなかったりするのです。


就活の相談をすることに抵抗感がある?

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――ほかにも留学生支援に取り組んでいて気になることはありますか?


国際教育センターの先生から聞いたことで、「なるほど」と思ったことがあります。欧米ではカウンセリングの文化が根付いており、米国ではキャリアカウンセラーが専門職として成り立っています。そのため、欧米系出身の学生はカウンセリングを受けることへの抵抗感が低い。一方、留学生の大半を占めるアジア圏、少なくとも中国など東アジアの学生には、カウンセリングというと精神的な病気の人が受けるイメージがあり、カウンセリングを受けることへの抵抗感が高いのではないか、と。キャリア支援室では「カウンセリング」という表現を使っていませんが、キャリア相談を利用したことのない留学生には、何らかの抵抗感があるのかもしれません。


また、中国出身の学生から「他人に相談することは迷惑をかけること」と聞いたこともあります。そのような価値観を持っている留学生はキャリア支援室に相談に来ることなく、就職活動を自力で何とかしようとしているのでしょう。


次いで10月の就職ガイダンスでは、留学生の内定者が就職活動の体験談を紹介します。2016年は中国出身の院生2人と韓国出身の学部生1人が登壇してくれました。


ただ、日本の企業では「ホウ・レン・ソウ(報告・連絡・相談)」が仕事の基本であり、特に新入社員にとって上司や先輩などに相談することは、自分の成長のためにも不可欠です。新入社員の成長は、企業にとって重要なこと。「相談=企業への貢献につながる」ことに気づいてもらえるといいなと思っています。


日本の企業は社員の成長スピードが遅い?

――キャリア相談などで難しいと思うことはありますか?


留学生は大手・有名企業に入社したいという企業ブランド志向が日本人以上に高いため、競争率の高い大手・有名企業ばかり受ける傾向があります。もちろんそのような企業から内定を獲得する留学生もいますが、そうではない留学生のほうが多いです。


6月下旬以降に、それまでの就職活動をふり返り、自分の志望先を考え直してしっかり取り組み、内定を得ていく学生もいる一方で、「知名度の低い企業に就職するくらいなら帰国したほうがいい」と考える学生も少なからずいます。日本人学生と違い、「日本で納得のいく就職ができないなら帰国する」という選択肢があるのです。


「親が応援して日本に送り出してくれたのに、地元で知られていないような企業で働きたくない」という気持ちは分からなくもないんですよね......。でも、率直に言うと、表面的にブランドにこだわっている留学生も少なくないと感じます。企業の「中身」をよく理解したうえで考えてほしいと願っています。


――留学生が不安に感じていることなどはありますか?


何と言っても、自分の日本語能力です。企業としては日本人学生と同じように話せることを求めていないのに、本人たちは日本人と比較してしまって、「自分はまだ不十分」と自信を喪失してしまいます。特にグループディスカッション(GD)ではグループ内に留学生が1人ということも多々あり、日本人が早口なので話についていけなかったり、飛び交う用語が分からなかったりして、発言も質問もできずに終わってしまうということがあるようです。


また、日本の企業は社員の成長スピードが遅いのではないか、ということも懸念しているようです。留学生は自分自身の成長スピードを重視します。彼らはずっと日本で働くという気持ちはないんですね。いつまで日本で働くかを決めているわけではないのですが、いずれ他の国や企業に行ったり、出身国・地域に戻ったりしたいと考えています。


だから、日本にいるうちに早く成長したいと考えているのです。しかし、日本企業は外国籍社員にもできるだけ長く働いてほしいという前提があり、長期間かけてじっくり育てようと考えているため、そこにズレが生じてしまいます。


実際、外資系の金融機関やコンサルタントの志望者が多いのですが、それは外資系企業のほうが成長スピードが速いと考えているためです。コンサルティング企業の志望動機に「成長スピードが速いから」と書く学生もよくいます。


増加する留学生に対する支援強化が課題

――今後の就活支援における課題はありますか?


本学は、留学生の就職支援に積極的に取り組んでいる大学として注目していただくことが多いですが、課題はまだまだあります。最初に申し上げたように、留学生、特に修士課程の留学生は増加しています。人数が増えれば、さまざまな経歴・志向・能力をもった学生が来るので、就職の難易度も上がってしまうのが現実です。それに応じた支援を継続できるのか、今後の大きな課題だと考えています。


一方、どこの大学でも共通だと思いますが、キャリア支援室の予算や人員には限りがあります。留学生に「日本に留学してよかった」と満足してもらうことが、今後の留学希望者の増加にもつながります。支援体制の維持・強化という課題にどのように対応するのか、キャリア支援室だけでなく、大学全体で考えていく必要があると思っています。

※記事は『日経HR Labo』(日経HR)より転載しました。