北海道大学「起業家を目指す学部生へのキャリア教育を試行」

飯田 良親(北海道大学 人材育成本部 特任教授)

キャリア教育の転換点に

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「現在ある仕事の半分は10年後にAIやロボットに置き換えられる」と言われる時代に、社会に出ていこうとする学部生に対してどのようなキャリア教育を行えばよいのでしょうか?現在仕事に就いている人々にとっても、将来自分の仕事がどのように変わっていくのか、そのことを想像するだけでも難しいでしょう。多くの職業自体がなくなってしまうような大変革を迎えようとしている現在、生涯をかけたキャリアをどのように歩むのか、キャリア教育そのものも大きな転換点に差し掛かっているのかもしれません。


日本企業の戦後の発展を支えた終身雇用、年功序列という画一的な人事制度が有効であった時代はとうに過去のものとなり、新卒一括採用という日本独自の採用慣習にも経団連などから見直しの意見が出始めています。グローバル且つ異分野も視野に入れた競争に晒される企業が求める人材には、自ら考え、行動する力が以前にも増して求められるようになっています。


そして、企業に勤めるばかりがキャリアではなく、新たな時代に求められるビジネスを自ら作り出していく、起業家としてのキャリアをより身近に考える時代に入っているのかもしれません。


なぜなら、現在の仕事がAIやロボットに置き換えられていくとしても、人間の仕事が全てなくなるわけではなく、新たな時代に求められる新しい仕事を作り出す需要が次々と生まれてくるからです。ちょうど写真のデジタル化でアナログカメラや写真現像所がなくなった一方で、画像を使ったSNSのような、新たなビジネスが生まれてきたのが好例です。


新しい時代の需要にこたえるには

AIやロボットは、人間にとって新たなツールですが、新たなツールの誕生は

  1. 人間がツールを使いこなすことに関したビジネス
  2. ツール自体の性能や機能を向上させるビジネス
  3. 間がツールを利用してこれまで出来なかった新たな価値を生み出すビジネス

といった新事業を生み出すことにつながります。


新しい時代の需要にこたえるには、既存の企業の中から斬新なアイデアが生まれる可能性もありますが、全く新たな発想で、これまでにないビジネスを急速に育てていく起業家がより重要になってきています。起業することがごく一部の人だけに与えられた特別な機会ではなく、やる気とアイデアのある人には、失敗を恐れずに果敢にチャレンジできる、そういう世の中にしていくことが肝要ではないかと考えます。


次世代の起業家(アントレプレナー)志向型育成「セルフキャリア発展ゼミ」

北海道大学は文部科学省「次世代アントレプレナー育成事業(EDGE-NEXT)」に採択され、東北大学を主幹機関とする大学コンソーシアム(EARTH-ON-EDGE)において、これからの時代を作っていく起業家(アントレプレナー)を育成するプログラムを実行しています。


その一つに「アントレプレナー志向型キャリア教育」を掲げ、具体的な新規授業として「セルフキャリア発展ゼミ」と名付けたキャリア教育プログラムを実施しました。EDGE-NEXTでは、大学がその地域においてイノベーションを起こすハブ、即ち発信源になることが期待されていて、自大学内での新たな取り組みに加え、地域の高校や他大学、研究機関、企業、行政機関などを巻き込んだアントレプレナー人材育成の仕組みを作ることを目指しています。

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学部横断の特別教育プログラム「新渡戸カレッジ」と連携

まず、どんな授業を行ったか、概略をご説明します。今年度初めに学内で「アントレプレナー志向のキャリア教育に興味を持つ学生」を対象に公募をかけ、30人を選んで5月12日にオリエンテーションを兼ねた第1回セッションを実施。その約1カ月後となる6月9日に大学に集合後、バスで国立日高青少年自然の家にある合宿所に向かい、1泊2日の第2回セッションを行いました。


30人の学生は5人ずつ6つのグループに分かれ、グループ学習の形式で討議を行いました。片道2時間近くかかるバスの中でもワークを行い、2回のセッションの総授業時間は約20時間になりました。


学部生だけで11,300人以上を擁する北海道大学では、将来のグローバルリーダー人材を育成することを目的として、2013年に新渡戸カレッジという学部横断の特別教育プログラムを創設しました。毎年1年次に200人以上の学部生(1、2年生)が、この新渡戸カレッジプログラムを履修しています。


このプログラムの特徴の一つに、既に社会で活躍している国際経験豊かな本学卒業生に「新渡戸フェロー」として協力を仰ぎ、カレッジ生の学修やキャリア設計を支援していただく、という点があります。今回の「セルフキャリア発展ゼミ」にも、第1回セッションに6人、第2回セッションに8人の新渡戸フェローが参加し、講話や個別指導を通じて学生のキャリア形成を支援していただきました。


バックキャスティングを用いた第1回セッション


セルフキャリア発展ゼミ受講生は、1年次に前年度の新渡戸カレッジの参加した、学部2年生、3年生を中心に募集しました。前年に新渡戸フェロー達との個人面談、社会見学を通じた企業などの課題抽出といったプログラムに参加し、将来の自分のキャリアをより具体的にイメージできている学生の中から、更に「アントレプレナー志向のキャリア教育」に興味を持つ30人を選び出しました。


合宿によるセミナーに先立ち、第1回セッション(5月12日)では、文系、理系の様々な学部から集まった初対面の学生が多いので、グループ内の融和を図るためにアイスブレイクとして「バックキャスティング伝言ゲーム」を行いました。これは、5人ずつのグループを作り、一人ずつ一枚の回答シートに5つの質問の答えを書いていくものですが、一つの質問の答えを書くたびにグループ内の隣の人にその回答シートを渡していく、つまり5人で一つの回答シートを完成させる、というものです。


第1問では、「今は2050年です。あなたは何をしていますか?」を問い、第2~4問では順に10年ずつ年代が現在に近づきます。そして最後の問題で再び2050年に戻り、その質問の上に記入されている、他の4人が記入した答えを参考にしながら、「2018年に何を学んでおくべきでしたか?」という質問への答えを記入してもらい、最後にグループ内で各人の回答シートを見せ合いながら議論する、というものです。


一人で未来を想像するのではなく、5~6のチームで合作することで、いろいろな人の未来が重なり、グループメンバーが相互に影響しあったストーリーが出来ました。最後に代表者数名にコメントを発表してもらいましたが、「自分の専攻以外の学部のことをもっと学ぶべきだと思った」という意見が印象的でした。


エナジード社の次世代型キャリア教育テキストを採用

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これからの時代に求められる力、という点に思いを馳せてもらうため、「セルフキャリア発展ゼミ」では第1回セッション、第2回セッションを通してビジュアルを多く含んだキャリア教科書として、株式会社エナジードが開発した新時代のキャリア教育テキストを採用し、個人ワークとグループ討議を組み合わせる形でファシリテーション型の授業を行いました。同社は2012年に創業された教育コンテンツ開発・販売会社です。


エナジード社のテキストは、中高生向けに半年から1年をかけて実施するキャリア授業を想定して作られているため、大学生にとっては冗長と思われる部分を割愛、自分でじっくり考え、その結果を文章化する必要のある部分については、第1回のオリエンテーション授業の際に宿題として提示し、第2回セッション(合宿授業)に向かうバスの車内でこれを各人発表させる、といった手法を含め、20時間前後の高密度授業に圧縮しました。


全7巻で構成されるテキストの中には、中高生向けに平易に書かれた「流れ」とか「理由」といった単語が含まれましたが、実際にこれらに含まれている概念は奥が深く、複数回の授業を通じて徐々に理解を深めさせるような内容になっていました。そこで、大学生向けにはこれを「信念、こだわり」とか「視座の転換」のように言い換えることにより、キャリアに関する基礎の出来上がった学生に短時間で的確に理解してもらうことが出来ました。


メンターとなるOBも交えたグループ討議

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2回セッションの合宿授業では、5人ずつの学生グループを6つ作り、それぞれのグループに本学卒業生である新渡戸フェローも適宜、参加してもらいました。フェローたちは、年齢的にも30代から70代まで幅広く、専門分野も製造業、サービス業、教育関係など多岐にわたっていました。それぞれ学生たちのグループに1、2名ずつ加わり、新しい時代に求められる力を学生たちと一緒に考えてもらいました。さらに、どのような時代でも変わることのない、人間同士が作り上げる企業や社会を生き抜く上で欠く事の出来ない先人の知恵について、講話や個別のアドバイスをしていただきました。


アントレプレナーの育成と言っても黄金律があるわけではなく、試行錯誤を繰り返すことになりますが、私は基本的な素質として次の3つが重要だと考えています。


  • 第一に、物事に興味を持ち、色々な角度からその対象をとらえることで課題を見出すこと
  • 第二に、その課題を解決するに当たり、常に前向き、楽観的に取り組み、世の中では非常識、不可能と思われるような手法を使ってでも、斬新な解決策を生み出すこと
  • 第三に、その解決策を実施するに当たり、壁にぶつかっても全否定されても、諦めず、ひるまずに信念をもって実行すること

これら3つの要素を理解し、実行に移すよう働きかけることがアントレプレナー教育の第一歩だと考えます。エナジードのテキストは、これを段階的に分かりやすい言葉と概念や実例を使って説明しています。「セルフキャリア発展ゼミ」においては、この中で特に重要と思われる演習を選んでグループ討議していきました。一つのルールとして、自分の考えを心の中で思い浮かべるだけでなく、必ず紙に書くことを強制しました。


グループ討議では、否定的な意見を出さないよう、最初に指導しますが、他人の考えを批判的に受けて、それを否定することで自分の意見を際立たせる論法は楽なので、ついつい易きに流れてそれを行ってしまう恐れがあります。その点、紙に考えを書く事を強制し、討議の中では相手の意見を肯定的に受け止めたうえで、自分の考えを紙で見せながら説明させることで、一人一人の立場を尊重した議論が出来たと考えています。


これからの時代に求められる力とは

企業における経営管理手法の一つであるナレッジマネジメントの世界では、DIKWモデルと言って、ナレッジの4要素を次のように階層別に積み上げ、上に行くほど付加価値が高い、という考え方をします。


アントレプレナーを含む経営者は最上位にある知恵を司るひとですが、単純労働や企画立案にとどまらず、知識を使って知恵を働かせる、即ち、行動を起こすことの大切さをこの授業では体得してもらいました。さまざまなデータをAIが収集・整理・分析し、「情報」や「知識」を自動的に生み出していくこれからの世界において、行動を伴うWisdom即ち「知恵」を実行していく人材がこれからはますます求められていくと私は考えています。


  • Wisdom:知恵(知識を活用し、判断を含む行動を行う内容)
  • Knowledge:知識(情報をアルゴリズムで組み合わせて出来た知識)
  • Information:情報(データを何らかの基準に則って整理したもの)
  • Data:データ(整理されていない生のデータ)

北海道大学では、この他にもPBL(Project Base Learning)を基本にした教育プログラムを通じ、次のような3種類のアントレプレナー人材の育成を目指しています。


  1. ベンチャー企業型(シーズアウト型)アントレプレナー
  2. 国連SDGsの課題に取り組む社会的企業を起業する、ソーシャルアントレプレナー
  3. 企業内で革新的な事業開発を行うイントレプレナー

ご質問、ご意見等は飯田宛にお願い致します。


プロフィール

飯田 良親(北海道大学 人材育成本部 特任教授)