九大の就職担当が企業訪問を続ける理由 大学と企業との「絆」が卒業生の「働く幸せ」につながる

水野 雅美(九州大学キャリア 奨学支援課進路・就職コーディネーター)

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経団連が「採用選考に関する指針」から手を引き、様々な情報が交錯する中で、2020卒の就職活動がスタートしました。明らかに昨シーズンよりも「早期化・多様化」が加速し、20卒の採用活動、就職活動はどうなるのでしょうか? これまで大学の就職支援の現場での経験を振り返り、これからの就職活動、採用活動、入社後の定着を見据え、人材の"橋渡し"として大学職員は何ができるのかを考えてみたいと思います。


年間150社の企業を訪問

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過去最高の就職内定率が記録される今、未来永劫「売り手市場」が続くのでしょうか。今回、根拠も見通しもありませんが、いつか新卒採用の厳しい時代が到来することを想定し、進路・就職コーディネーターとして何ができるのかをまとめました。


九州大学東京オフィスで働き始めてから約3年、「大学と企業との信頼関係の構築」に注目し、企業との情報交換を重ね、企業の採用担当と大学のチャンネル作りに取り組んで来ました。2018年1年間(1月~12月)で訪問した企業数は156社、3年間での延べ訪問社数は407社になります。


企業の採用担当者や他大学の就職支援担当者から「企業訪問? 情報交換? 九大ならそんなことをしなくても内定は獲れるでしょう」と言われたこともありますが、私は企業訪問を続けています。その目的は2つあります。


企業との情報交換が必要な2つの理由

1つは、その企業が求める人材、入社後のキャリア形成、大学との採用・内定実績などをリサーチすることによって、ミスマッチや早期離職を防ぐというメリットがあると思っているからです。また学生1人あたりが受ける企業数が減少してきた今、学生が知らなかった業界や優良企業にも目を向けてもらうヒントになることも多く、満足度の高い内定先を獲得することにもつながります。


もう1つは、再び到来すると思われる「人材採用難、就職難」の時でも、学生の良質な就職活動の備えだと考えています。多くの大学が就職支援で力を借りている就職情報会社のプロモーションや企画事業には限界があり、就職氷河期が訪れた時には企業と大学(学部や研究室など)との「ネットワーク」や「定着性(親和性)」「絆」が重要になると確信しています。18歳人口の激減によって若者の労働人口激減は避けて通れません。多くの企業の採用担当から「これからは新卒採用だけを"点"で見る時代から、入社後の人材育成、定着までを"面"で見ていく時代」という意見を聞きます。


企業との情報交換を意識してアプローチすることによって、大学の喫緊の課題となっている「就職支援プログラム」や「キャリア教育」の仕掛けづくりにもつながると感じています。その仕掛けのベースづくりとして、取り組んでいるのが次の3つの役割と業務です。

  • 東京・首都圏で就職活動をする学生のサポート
  • 企業訪問等による首都圏企業とのネットワークづくりと他大学との情報共有
  • 就職情報社等が企画するイベントでの情報交換

企業との情報交換でのポイントとは?

企業の方との情報交換では、①来年度の採用実績(本学とのご縁、過去の入社実績)、②求められている人材(専門性や経験)、③インターンシップの実施状況、④採用選考のフロー(概要)、⑤外国人留学生の採用、⑥障害者の採用、⑦博士後期課程の学生及びポスドクの採用、といった7項目の情報を中心に意見交換をさせて頂いています。


ご縁のある企業あれば、ない企業もありますので、企業の採用担当の方にもメリットのある情報[学生の専門分野と方向性、新入生の出身地情報、学部生・大学院生の就職エリア、首都圏での就職活動をする本学生の動向]などを交えながら、翌年以降の採用につながる発展性のある意見交換をさせて頂いています。


多くの企業の方が大学のキャリアセンターにお見えになる際にも、意見交換の話題として活用できるのではないかと思います。


大学の就職支援における課題

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ここ十数年、首都圏の私立大学と地方の国立大学の就労支援に携わってきた者として、危惧すべきことが1つあります。それは就職支援や卒業後のキャリア・サポートに対し、信頼感をもって取り組み、構築された支援体制やサポート環境と人材の「継続性」です。


リーマンショック以降、国公立大学では、「出口支援、キャリア・サポート、キャリア教育」に対して、注力し人材を投下し、学生のために整備してきました。しかし、2~3年ほど経つと人事異動等により、活躍していた専門人材は他部署に移り、また新たに次の担当責任者がやってきます。新たな責任者の考え方や意識、経験の有無により、従来とは異なる「別もの」の体制や環境がスタートします。これが繰り返されることによって学生の就職活動に支障をきたしてしまう、といった課題があります。


就職支援やキャリア形成などのエキスパート人材の育成や、特にリーダーとなりうる人材のバトンタッチは、国公立大学のみならず大学全体の課題だと感じています。先に挙げた採用担当者の言葉にある、「就職という"点"ではなく、入社後の人材育成、定着という"面"を見る」ためには専門人材の育成と、責任者が代わっても目的を失わずに就職支援を継続・運営できる体制が求められます。


卒業生の働く幸せのために

入学してくる学生も、学生を受け入れる企業も多様化しています。これに合わせて就職支援やキャリア・サポートの仕方も変化しなければなりません。変化し続ける学生と企業のニーズをうまく"橋渡し"し、学生の卒業後の「働く幸せ」につなげるためには、採用活動を展開する企業との情報交換は不可欠です。


ESGは欧州、米国で進んでいますが、日本版のESG銘柄もあります。例えば、FTES Blossom Japan インデックス(指標)は、年金積立金管理運用独立法人(GPIF)の運用対象にも採用されています。このインデックスのESGスコア上位リストを見ると、ESGに熱心な日本の上場企業がズラリ。例えば、光ファイバーやスマホ基盤を作っているフジクラはBtoB企業なので知らない学生もいるかもしれませんが、東証一部上場上場企業です。ESGスコアでは花王やKDDI、三菱商事と並んでいます。


東京オリンピック・パラリンピック後に訪れるかもしれない就職氷河期に備え、「学生と企業との橋渡しや信頼構築」を続けています。売り手市場と言われる今だからこそ、冷静に腰を落ち着けて、企業訪問をして情報交換ができるのです。そこで得られた情報を学生たちに提供することによって、入社後のキャリア形成や人材育成、就労定着にもつながり、卒業生の大学への信頼感も高まります。最終的には出口への信頼感が、受験生の募集戦略にもつながると信じています。


多くの大学がキャリアセンター化を進めています。組織改編もキャリア教育も大事ですが、人材育成も急務です。


プロフィール

水野 雅美(九州大学キャリア 奨学支援課進路・就職コーディネーター)