就活を科学する(下)良質なマッチングを実現する企業事例

漂流する就活伊達洋駆

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このコラムでは、研究知見と企業事例に基づいて、就職・採用活動に関する新たな切り口を提供しています。第3回(最終回)となる今回は、これまで2回の内容を振り返った上で、企業にも学生にも有益な取り組みを進める企業事例を紹介したいと思います。

「就活生が会社を選ぶメカニズム」の振り返り

コラムの第1回は「就活生が会社を選ぶメカニズム」について取り上げ、学生による企業選びの流れを説明しました。それは、次の4ステップで理解できます。

(1)自己理解:学生が自分自身に関する情報を集めます。自分はどのような性格や能力を持ち、どのような仕事や働き方に向くかを考えます。
(2)基準設定:自己理解を基に、企業を大きく絞り込むための基準(スクリーニング基準)を設定します。業界、従業員数、場所などの基準が設定されます。
(3)基準適用:スクリーニング基準を用いて、世の中にたくさんある企業から、自分の受ける企業を選び、選考に参加します。
(4)少数比較:自分の受ける少数の企業を比較し、どこに入ると良いかを考えます。学生と企業が選び合えば、学生はその企業へ入社します。

4ステップのうち、多くの企業は(3)と(4)において学生と出会い、見極め(学生の評価)と惹きつけ(学生の志望度の醸成)を行っています。ところが、学生と企業の良質なマッチングを実現するには、(1)と(2)に上手く介入する工夫が求められます。

学生の自己理解を深めているウィル

学生の自己理解を効果的に支援する企業として、株式会社ウィルを紹介しましょう。ウィルは兵庫県宝塚市に本社を構える不動産会社です。

ウィルの採用担当者が学生と会う際、初めのうちは、雑談をしたりキャリア相談にのったりします。この対話が学生にとっては自己理解の深化、ウィルにとっては自社に合う学生を見つけることにつながります。そして、自社に合うと感じた学生には、率直にそのことを学生に伝えます。学生が同意する場合は、ウィルの選考に進んでいくことになります。

自社に関心を持たない学生にも時間を使う意味で、一見すると、遠回りの採用をしているように見えるかもしれません。けれどもウィルは、他社が羨む優秀な人材を獲得できています。また、学生が独力では難しい自己理解を支援することで、企業・学生の双方が学生・自分のことを十分に把握した上で、「この会社・人が合っている」と考えて入社するため、入社後の離職率も高くなりにくい、という効果もあります。

学生の基準設定を支援しているニトリ

次に、スクリーニング基準の設定をうまく支援する企業として、株式会社ニトリホールディングスを取り上げたいと思います。ニトリは国内外に600店以上の店舗を展開する流通・小売業ですが、流通・小売業という業界は、学生からあまり人気の高い業界ではありません。

先述の通り、「業界」は学生による企業のスクリーニング基準としてしばしば用いられます。学生から、流通・小売業という認識をもたれるニトリは、何かしらの策を講じないと、学生から選ばれにくい状況に陥ってしまいます。そこでニトリは、ニトリシティと呼ばれるインターンシップに力を入れることで、スクリーニングされる前に学生と関わることを重視しています。商品開発、広告宣伝、マーケティング戦略、法人事業といった複数の業界の仕事が体験できるプログラムを用意し、製造から物流、ITや販売まで一貫して自社で手掛ける独自のビジネスモデルを知ってもらうのです。

このインターンシップには、二つのポイントがあります。一つは、「流通・小売業のニトリ」という認識から「様々な業界の仕事ができるニトリ」という認識へ転換を図っている点です。そうすることで、業界という基準では、受ける企業の候補から脱落してしまうことを回避できます。もう一つは、学生の自己理解を促し、将来やりたいことを探す支援を行っている点です。様々な仕事の体験ができることで、学生は自分の適性を具体的に知ることができ、自身の将来に真剣に向き合えます。自己を適切に理解し、将来の目標がきちんと立てられる学生に入社してもらえるのは、企業にも学生にも良いことです。

大学において学生の就職活動の支援をする場合も、自己理解を深めたり、スクリーニング基準を設定したりする局面に、支援リソースを傾ける方が良いでしょう。その際には、ウィルやニトリのように、従来からそうした実践を積み重ねてきた企業が有望なパートナーになり得ます。

「就活生が社員で会社を選ぶ理由」の振り返り

ここまで第1回の内容を振り返ってきましたが、続いて第2回です。第2回では「就活生が社員で会社を選ぶ理由」について解説しました。

就職活動は、学生が情報を収集し、それらをもとに判断を下す意思決定プロセスです。しかし、ほとんどの学生は働いたことがなく、職探し自体も初めての経験になります。また、就職活動の期間は短く、企業との接点も説明会や面接などの非日常的なものに限定されます。このように良質な情報を得られにくい学生は、その対策として、各社で働く「社員」を注意深く観察します。社員の様子から、社風や働き方、更には人間関係など、多くの情報を得ようと努めます。

これが、就活生が社員で企業を選ぶ理由です。このことを踏まえると、学生の企業選びがより良いものになるためには、学生と社員が如何に「普段通りの状態」で出会い、話ができるかが鍵になります。

普段通りの対話を支援しているARISE analytics

東京に本社を構える株式会社ARISE analyticsは、学生と社員の対話をうまく設定しています。その取り組みを紹介しましょう。

まず、ARISE analyticsはスカウトサービスを用いて、自社の会社説明会に学生を呼んでいます。説明会と言っても堅苦しいものではありません。自社を会場に夕方に開催し、まずはワークショップ形式でデータサイエンティスト職について理解します。そして、データサイエンス業界の動向や将来性、その中での自社の位置づけについて話をした後、立食形式で食事をとりながら、学生と社員が自由に話をします。人事は、学生と社員による話の内容について、特に制限をかけていません。食事を共に談笑するリラックスした雰囲気の中で、社員は労働環境や仕事内容の実態を伝えています。学生も緊張せずに様々なことを質問できます。

ARISE analyticsの採用では、学生と社員が自然にやりとりする場を作ることで、学生が社員から多くの情報を得られます。しかも、そこで得られるのは現実に即した情報であるため、入社後のリアリティショック(「こんな会社だとは思わなかった」という衝撃)も起きにくくなります。

学生の就職活動の精度を高めるためには、良質な情報が欠かせません。大学としても、社会人と学生が腹を割って対話できる場を設定する工夫が一層求められるでしょう。ARISE analyticsは、そのような取り組みの先進事例であり、学べる点があります。

メカニズムを理解した上で取り組む

以上、このコラムでは、研究知見と企業事例を参照することで、採用・就職活動について理解を深めることを目指してきました。

学生の就職活動についても、企業の採用活動についても、目新しい取り組みが毎年のように発信されています。しかし、それらの中には一過性のものが多いのも事実です。新しい取り組みを積極的に試すことは重要ですが、「なぜ、その取り組みが効果を出し得るのか」をしっかりと検討することもまた重要です。

3回のコラムで示した研究知見と企業事例は、就職・採用で起こる現象を読み解く際のヒントになるかもしれません。変化が激しく流行も多い就職・採用の領域だからこそ、地に足をつけてメカニズムを考察する姿勢が求められるでしょう。


プロフィール

伊達洋駆 伊達洋駆(株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役) 神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、HR領域を中心に調査・コンサルティング事業を展開し、研究知と実践知の両方を活用したサービス「アカデミックリサーチ」を提供。2013年から採用学研究所の所長、2017年から日本採用力検定協会の理事を務める。共著に『組織論と行動科学から見た 人と組織のマネジメントバイアス』(ソシム)や『「最高の人材」が入社する 採用の絶対ルール』(ナツメ社)がある。