地元企業と一緒にキャリア教育を――北海道大学「社会体験ワークショップ」(下)

北海道大学の社会体験ワークショップは実務家教員が活躍
北海道大学でキャリア教育「社会体験ワークショップ」の講師を務める宇野健司さん。大和総研リサーチ本部・副部長として活躍する傍ら、複数の大学でもキャリア教育に取り組んでいます。同ワークショップでの役割や大学でのキャリア教育に対する思いについて話を聞きました。

道内企業10社と1,2年生が課題解決―北海道大学「社会体験ワークショップ」(上)はこちらです

学生100人の手が挙がるまで待つ

実務家教員としてキャリア教育に取り組む宇野さん 学生全員の発言機会をつくり、主体的に参加できる授業を心掛ける宇野健司さん。

前回は北海道大学の学生たちが、「社会体験ワークショップ」に積極的に取り組んでいる様子をお伝えしました。同ワークショップの立案から携わり、実務家教員として授業を進行する宇野健司さんは、「地域で、社会全体で、若い人を育てたい」という信念を持ち、学生全員が主体性に参加できる授業づくりを試みています。

授業では対面と変わらないように、学生は全員顔を見せるのが宇野さん流。企業との質疑応答では、「〇〇さん、どうですか? 手挙がっていませんよ~」「ぜひ当ててほしい人はハートマークを付けてくださいね」など、挙手機能を使って学生約100人全員の手が挙がるまで待っています。学生をフルネームで呼び、消極的な学生も、積極的な学生も、どちらのフォローもしながら、授業が安心なコミュニティーであるように心がけています。

キャリア教育は学問ではない。学生の主体的な授業参加が大事

「宇野先生は失敗しても笑い飛ばしてくれる、怒らずに話を聞いてくれるなど、『心理的安全性』を確保することで、学生は恐れずに発言し、積極的に授業に参加してくれるようになります。学生にとってキャリア教育は学問ではなく、実社会の答えのないことに向き合いますから、間違いや失敗を恐れず、学生が主体的に発言し授業にかかわることが大事です。何度も発言することや、失敗を積むことで、どんどん積極性や主体性が育まれていきます」

ゲスト講師には、仕事から得た個人の教訓を2、3挙げてもらうようにしています。
「いい出しっぺになると若い時に決めた」
「仕事に食わず嫌いはしない」
「自分がやりたくないことほど経験すれば武器になる」

ゲスト講師は学生の目線に立った言葉で、体験を基に教訓を話します。それが、学生の心に響くのだと、宇野さんは言います。

「どんな仕事も手が届くかもしれない」と学生が思うこと

「『あんな立派な人(ゲスト講師)は別世界の人だよね』『宇野先生だからできるんだよね』と、学生に思われたら、それこそ授業は失敗です。ゲストも私も、大学生のころは、全然ダメだったけれど失敗し場数を踏んでここまできている。『だからみんなも大丈夫だよ』ということが学生に伝わることが大事なんです。どんな仕事も手が届くかもしれないと。それが学ぶ意欲にもつながるのではないでしょうか」

ゲスト講師が自身のキャリアについて話したあとは質疑応答。「どういう経緯でその会社を選んだのですか」「自分は行動するのが苦手で失敗を恐れてしまいますが、失敗を恐れたときは、どのようにその気持ちを押さえて行動しているのですか」「学生時代はどのように生活していましたか」。矢継ぎ早に質問が飛び、ゲスト講師からは本音の答えが返ってきます。

「就活時になって学生に『さぁ、好きな仕事を選びなさい』『仕事にはコミュニケーション力が重要です』といっても学生は困ってしまいますよね。大学低学年のうちに社会人とコミュニケーションを取るキャリア教育で、その溝を埋めていきたいと思っています」

常に学生と双方向のコミュニケーションを

授業の最後にはゲスト企業から課題を出してもらい、次の授業までに学生はそれをリアクションペーパーにまとめて、ゲスト企業、宇野さん、コーディネーターの北洋銀行に提出します。

課題は『AI(人工知能)を使って世の中をよくするアイデアください』『そのために障害になることはなんですか』『自分ならどう乗り越えて実現しますか』『SDGsで関心を持った具体的な取り組みを挙げてください。それを北海道でどう実現できますか』など。学生たちは頭をひねって、楽しみながらリアクションペーパーにまとめてくると言います。

提出されたリアクションペーパーには、必ずフィードバックを出すという宇野さん。「大学生は授業でたくさんの課題をこなしレポートを提出していますが、一方通行でフィードバックがない。それではモチベーションが上がらず、徒労感だけが残ってしまいますよね」。

ポイントは地域の金融機関を巻き込む

こうしたワークショップは、全国どこの大学でも実現可能だと宇野さんは話します。地元企業を巻き込んだ授業を開講するポイントは、協力的な地元金融機関と、会話力の高いコーディネーターの存在。

「地元の金融機関は多様な企業とつながっていますし、『地域連携部』などの部署もあります。金融機関の上層部から話を通しとスムーズに進むでしょう。コーディネーターは学生に活発な発言や議論を促せる、経験のある実務家教員がいいかもしれませんね。大学だけでキャリア教育をやろうとせず、地域の人、企業が一緒になって取り組むこと。地域で学生を育てることが全国に広がることを願っています」

写真素材/PIXTA