看護専門教育にTBLを取り入れて社会人基礎力を育成
――貴学科は、社会人基礎力の育成にどのように取り組んでいるのでしょうか。
奥平先生 各授業の目的や目標をふまえ、グループワークやTBL(チーム基盤型学習)などの教育方法を積極的に取り入れることにより、社会人基礎力である「話し合う」、「意見を述べる」、「考え抜く」力を育成しています。
例えば、普段の収縮期血圧(上の血圧)が150 mmHgの患者さんが180 mmHgあったとすると、「この患者さんの血圧は高い状態」だと看護師がアセスメント(情報収集と分析)し、医師に伝え「今日は血圧が高いから薬を増やそうか」などと判断されます。このアセスメントの前提として、正確な血圧測定や聴診などの基礎技術が必要であるため、学生同士やシミュレーターを用いて繰り返し学びます。その上で、得られた値や状況、模擬事例などについて「考え抜く」、「話し合う」、「意見を述べる」などを行い、どのように患者さんを評価してケアするかを主体的に考える授業や演習などを行っています。
個人の事前学習→ディスカッション→演習を繰り返す
――具体的にはどのような授業なのですか。奥平先生 私が科目責任者である「医療支援技術論」(2年生前期の必修科目)では、TBLを取り入れています。この科目は、医療用語で言う「フィジカルアセスメント」を学びますが、具体的には、呼吸や循環などを観察する看護の基礎技術とアセスメントの習得を目指しています。
例えば、肺炎の患者さんを看護ケアする設定で、学生は各自フィジカルアセスメントを事前学習します。併せてすでに学んでいる解剖・生理や呼吸のメカニズムなども復習しておきます。
授業では肺炎と設定した患者さんの身体情報を基に看護師としてどうするか、学生同士ディスカッションします。看護師なら「苦しいと言っているので呼吸状態を観察し、呼吸数を測り、顔色を見て、脈拍を測って......」と、アセスメントできますが、学生はまだ学習した知識とアセスメントが結び付きません。そこでディスカッションをさせることにより、アセスメントに結び付く情報を調べたり、意見を出し合ったりして、必要な情報や考えた内容、患者の観察項目と方法をホワイトボードにまとめていきます。
こうして患者に対応する準備が出来たら、病室を模した演習室に移動します。ベッドには、患者に見立てたシミュレーターを臥床させてあり、教員が傍で患者役を行います。学生は準備したことを実践して患者の状態を観察します。シミュレーターからは直接得られない情報は患者役の教員に質問して情報を得ます。観察が終了したら再び教室に戻りアセスメントについてディスカッションを行います。「必要な情報はそろっているか、足りないことは何だろう。得られた情報から考えられる患者の状態はどうだろうか」などと話し合い、ディスカッションと演習室での患者の観察を繰り返します。
――そうしたグループ学習で、看護技術と同時に社会人基礎力も養うのですね。
奥平先生 一番初めのディスカッションの時には、学生たちは何を話していいのか分からずシーンとしていました。もちろん消極的な学生もいますが、回数を重ねるごとに「こういうことか」と、授業がおもしろくなってくるようです。手を挙げて自分の意見を積極的に述べるようになりますし、足りないことは何かを考え抜くようになります。こちらからも「患者から読み取れた症状は何か?」「それに対してどういうことをしていかなければいけない?」などと、話し合いを促しています。授業の終了時には「学習っておもしろいね」という学生も出てくるようになりました。
前期授業終了後に、2年生は病院の実習に出ます。学生が「患者さんと接する」という現場のイメージを持つためにも必要な授業となっています。
患者、医療従事者と良好な関係を作るコミュニケーション力を
――2年生で実習に行くのですか。奥平先生 学生は1年次の8月に実施される病院での見学実習を経て、2年次は指導のもと1人の患者さんを受け持つ病院実習があります。病棟の看護師さん、臨床指導者さん、患者さんに挨拶をして承諾を得て、1人の患者さんを受け持つことになります。学生はそうした病院という日常とは異なる環境に適応しなければなりません。様々な患者さんや職種の方に対応できるコミュニケーション力がないとできないことです。
どこが苦しいとか、患者さんとの会話から身体の状態を知ることも必要ですので、看護師としてコミュニケーション能力がないと情報も引き出せませんよね。
病院実習では、患者さんの身体状態を確認し、カルテから情報を得て、患者さんへの対応をどのようしたらいいかを考え、整理したうえで臨床指導者に報告します。学生はこれらの経験を通して、自分の「考えをまとめる」ことや「伝える」ことを学びます。
グループメンバーとも良好な関係を築けないと、お互いを支えたり助けあったりできないので、メンバーに「相談できる」、相談を受けたら「聞く」という力も必要です。1人で判断せずに何かあったら教員などに相談することが必要ですが、どのように相談したらいいか「考える」ことも必要です。
こうしたことから、看護師になるには社会人基礎力が自然に身に付く教育をしなければならないと思っています。病院の実習から戻ると、学生は一皮むけてきます。大学で学んでいることと、現場で必要なことが結び付き、学ぶべきことを自分で考えるようになります。
コロナ禍でリアルなコミュニケーションに課題
――コロナ禍で大学での演習や病院での実習ができないなど大変でしたね。
奥平先生 コロナ禍となった最初の年(2020年)はほぼ授業はオンライン、病院実習にも行けませんでした。私個人の感覚ですが、コロナ禍でリアルなやりとりが減った分、学生は挨拶の仕方から始まり、コミュニケーションを取ることが難しくなっているのかなという印象があります。
そこで病院実習を想定したワークブックを独自に作りました。「今日看護部長に初めて会います。どう対応しますか?」といった挨拶の仕方、「患者さんのバイタルサイン(脈拍数、心拍数、呼吸数、血圧、体温)を取り、こういう状態でした。これを臨床指導者さんに報告してください」など、イメージトレーニングを取り入れています。
倫理と職業的アイデンティティは看護師の社会人基礎力
――大東文化大学看護学科で定義している社会人基礎力がありますが、内容を教えてください。奥平先生 経済産業省が定義している「3つの能力・12の能力要素」と「人生100年時代の社会人基礎力」に、「倫理」と「職業的アイデンティティ」を加えて、大東文化大学看護学科の社会人基礎力としています。
「職業的アイデンティティ」は「職業選択と自己成長への自信、看護師として必要とされることへの自負と社会貢献の志向を高める看護観」です。高い志を持って学ぶ学生もいますが、「親に勧められて」という理由の場合もあります。しかし、命と向き合う医療の現場では職業的アイデンティがないと職業の継続は難しいと思います。
「倫理」は、看護師としてとても大事なことです。絶えず相手の立場にたって、苦痛が生じないように、また患者さんの意思決定や権利を守ることも求められます。看護師は患者さんのプライベートな情報にも触れることになりますから、倫理観・道徳観が重要です。
―― 確かに、企業でのインターンシップでも倫理観を持って参加することが大切だとされています。
奥平先生 倫理観は多様化している印象です。今は、スマホで簡単に写真を撮りSNSに情報発信することが普通ですから、病院実習でも同じように病院写真を出してしまったり、「病院でこんな患者を受け持っている」など、つぶやいてしまったりするケースもあり得ます。悪意はないのですが、「やってはいけない」ラインの判断がつかないようで、看護倫理の授業はありますが、実習前に再度、徹底しています。
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「挨拶」は看護学生・社会人として、人間関係を構築する第一歩です。実習で出会う全ての人たちに挨拶することは、患者さんのケアにつながること、「挨拶」から始まるコミュニケーションの大切さを徹底して学生に教えています。 奥平先生は、レポートは提出締め切りを1分でも遅れたら受け取らないなど「どうにかなる」という状況は作らないようにすることで、看護師として「決まりを守る」ことの大切さを学んでほしいと言います。「厳しい先生と思われていると思います」と話されますが、今年2022年3月に初の卒業生が看護師となり、その活躍ぶりを奥平先生に報告に来ていると嬉しそうにお話しされました。