元資生堂人材開発室長が実践するキャリア教育とは

オンラインセミナーリポート

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先の見えない「VUCA」時代に、大学は学生をどのように社会にどう送り出すべきか。「まなぶ」と「はたらく」をつなげていくためにどういった取り組みが大学に求められているのか――。元株式会社資生堂人事部人材開発室長というキャリアを持つ、実践女子大学の深澤晶久先生(文学部教授・学長補佐)が「New Education Expo 2020オンライン」で講演した「まなぶとはたらくをつなぐ~大学におけるキャリア教育がいま必要となる理由~」の内容を紹介します。

キャリア教育が必要とされる、5つの理由

深澤先生は冒頭、大学でキャリア教育が必要とされている5つの理由を挙げました。

1.時代は"1億総キャリアデザイン"
平均寿命が90歳近くなっている今、人生は「学ぶ」「働く」「余生を送る」の3ステージが一直線となるキャリアではなく、生涯を通じて「学ぶ」「働く」を繰り返す"マルチステージ"なものとなりました。自分のキャリアデザインを主体的に、かつ早い段階から進めることが今まで以上に求められているのです。

onlineseminar1_1.jpg 深澤晶久先生
2.キャリアオーナーシップ ~キャリアのかじ取りは、自分で~
そこで改めて考えなくてはならないのが「キャリアオーナーシップ」=「誰がキャリアをコントロールしていくか?」ということ。昭和の頃は「会社や組織の指示」が大きなウエートを占めていましたが、時代の変化とともにキャリアデザインの主体は組織から個人へ移行。これからは受け身ではなく、自分自身がキャリアを設計しなければなりません。とはいえ、時代は「VUCA」と称される予測不能な世の中。そうした状況で、学生が己の力だけでキャリアを考えていくのは容易なことではないでしょう。

3.「キャリア・パスポート」を受け取る責務
学校現場におけるキャリア教育の展開に目を向けると、2020年4月から、小学校・中学校・高校が連携した「キャリア・パスポート」というキャリア形成を意識づける取り組みが始まりました。大学はそれを引き継ぎ、かつ"社会の入り口"として、一層のキャリア支援をすることが求められています。

4.年々変化する就活
就職活動のスケジュールや手法は年々変化しています。インターンシップの拡大に伴う実質的な早期化や、スカウト型、オファー型と呼ばれる手法の出現がその一例として挙げられます。また雇用体系も、コロナ禍を経て「メンバーシップ型雇用」から「ジョブ型雇用」へと変わる動きも出始めています。学生への支援も、そうした時代の変化に応じてアップデートしながら進めなければなりません。

5.キャリアの多様化(とくに女性!)
女性については「結婚したら退職」することが既定路線ともいえた昭和の頃と異なり、キャリアの選択肢が多様化。その分、迷いを抱えるケースが多く見られるようになっています。

このように、社会情勢の変化を背景に多くの観点からキャリア教育は注目されており、その重要性はさらに増していこうとしているのです。

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「主体性」を引き出すために~実践女子大での取り組み~

深澤先生は、「社会で求められる力は時代によって変わるものであるが、"主体性""人を巻き込む思考力"は普遍的」と指摘します。では、実践女子大学では、このような普遍的な能力を身につけ、伸ばすためにどのような授業や取り組みしているのでしょうか。

例えば1年生前期に実施する、企業とコラボレーションし、リアルなビジネス課題を学生に取り組ませる授業があります。入学直後にあえて「大学生」向けではなく「社会人」と同じ内容に向き合うことで社会の現実を通して主体性を育み、大学での学び方を身につけることを狙いとしています。学生のコミットメントも高く、その目的は十分に達成できていると語ります。

さらに「大学の授業科目同士が関連していることが分かった。まさに大学での学び方に気づけた」という学生の学びを引き出せたことも大きな収穫だと言います。深澤先生はキャリア教育の役割は「学科の科目がタテの糸とすればキャリア教育はヨコの糸。これをうまく編集すること」、つまり他の授業にどう結び付けられるかも重要なポイントになると考えているからです。

さらに大学でのキャリア教育の理想形は「授業がどう社会とつながっているのかまで考えさせられること」だとも言います。実践女子大学では「国文学科の学びは社会やビジネスに生かせるのか?」という野心的な授業も始まっています(「国文学科マーケティングプロジェクト」)。まさに「まなぶとはたらくをつなぐ」を実現する取り組みで、学生がどのような気付きや成果を得るのか、気になるところです。

そのほか、学外の組織との協業も数多く進めています。例えば「ダイヤモンド型キャリア教育」は、企業・大学・高校・自治体の四者がコラボレートするという新しい試み。学生は企業とのコラボ授業でインプットしたものを高校生にアウトプットすることで、さらに理解を深められました。また「キャリア開発実践論」は3~4年生が企業の管理職レベル対象の課題に取り組むという、非常に難易度の高い内容です。OGがアドバイザーとして在校生を指導するなど、学外から刺激を与える環境を整えています。

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学外と積極的に手を組む背景には、深澤先生がキャリア教育を「大学と保護者」「教員と職員」「学生と社会」「卒業生と現役学生」を結ぶ中心に位置づけて捉えていることがあります。学生の支援に関しても「卒業まで」ではなく、「卒業後も含めて」想定するなど、きめ細やかな支援体制を構築しています。実践女子大学では、J-Tas(Jissen Total Advanced System)というシステムを導入し、入学から卒業後までフォローする仕組みをスタートさせています。いわゆるエンロールメントマネジメントの取り組みです。

「悪戦苦闘」を繰り返しながら、キャリア教育を進めていく秘訣は

上述した授業紹介や質疑応答のなかで深澤先生が幾度も話していたのが「悪戦苦闘、暗中模索の繰り返し」です。新しい取り組みを始めるにはリスクもあり、学内で反対論が出るのも当然。まわりにいかに多くの賛同者を作っておくかが大事なポイントだ、"人を巻き込む思考力"は学生に伝えているだけでなく、自らの課題でもあるということでした。

大学は、「VUCA」時代と言われる世に学生を送り出していく機関。学内外問わず多くの人を巻き込みながら、不確実な社会を生き抜いていく力をつけられるよう、さまざまな方面から工夫をこらしたキャリア教育を進めていくことが大切だと言えるでしょう。ニューノーマルの時代を迎え、大学の置かれた環境も大きく変化する今、改めてキャリア教育の意義や今後の方向性を考えるきっかけとなる内容でした。

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