社会人基礎力協議会インタビュー(下)基礎力GPの事例を教育の参考に

社会人基礎力育成術

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社会人基礎力協議会インタビューの後半は、学生たちの社会人基礎力の成長を競う「人生100年時代の社会人基礎力育成グランプリ」の運営を担当する市川純章先生にも加わってもらいました。

「社会人基礎力協議会インタビュー(上)コロナ以降、「考え抜く力」が求められる時代に」はこちら

社会人基礎力育成に向けて教員の意識改革も必要

――市川先生は今の学生をどう見ていますか。
市川 私は理系の大学で教えていますが、長尾先生と同じように、学生の「考え抜く力」が不足していると感じています。学生たちは指示されたことは一所懸命やります。ですが、その目的や意味までは、あまり考えていないように思います。指示通りに「作業」を一所懸命やっても、目的や意味の理解には至らず、「考える力」を養うことになっていないのだと思います。理系学生の実験では、時間内に終わらせることにも配慮し、教員が実験手順を丁寧に指導することがあります。しかし、それは学生が「主体的に考えながら」実験を進める機会を奪っているのかもしれません。

学生たちの実験レポートを見ると、作業手順や計算結果は示していますが、目的や結果の意味を説明するのは苦手のようです。実験前に学生たちへ「この実験の目的は何か」「なぜこの実験をするのか」と繰り返し質問をすると、考えるのをやめてしまうのか、黙り込むことが多いです。また、実験結果のグラフの意味を問うとデータ処理の手順の説明をします。「それは作業手順だね。そうではなくて結果は何を意味しているのか」と何度か問うと、最後には「質問の意味が分かりません」と返答されることがあります。

教員が力を入れるべきは、「この実験は何を目的としているのか」「この実験結果は何を意味しているのか」を学生たちが考えながら進められるようにする工夫だと思います。私たちが教育を丁寧にするほど、細かく明確な指示になりがちで、学生たちに作業をさせているだけになっているのかもしれません。私たちも意識改革が必要です。

長尾 「考える」というのは、一人で思考を深めるというイメージで捉えられていますが、それだけではありません。ある事柄について、様々な情報を収集したうえで、それについて人とディスカッションをしたりして、考えを深めていくこともあります。行き詰ったときには、「どうしたら乗り越えられるのか」「出口はどこにあるのか」を、時には人を巻き込んで徹底的に考える。そういうニュアンスだと思います。

学生が「考えて、相談して、説明する」授業を

――社会人基礎力の育成は、授業でどう取り入れたらいいでしょうか。
市川 学生たちが「自分自身で考えること」「必要に応じて人に相談すること」「結果を他者に説明できること」を目標にした授業をすることだと思います。長尾先生がお話ししたように、一人で学ぶものではなく、学生同士や適切な人とディスカッションして、考えをまとめて発表すること、学習・研究の成果を他者にきちんと理解してもらえること、が大切だと考えます。

大学では他者に説明・発表する機会が少ないと思います。それを増やすことが良いと考えています。社会で重要視されるコミュニケーションは、「相手に情報を伝えること」が基本ですから、複数の人と議論する形式をとれば、「チームで働く力」も「考え抜く力」も養えると思います。

長尾 教員のあり方としては、学生が失敗して転んでも起き上がれるように支えになることが大事だと思っています。むしろ、転んでみていい。授業や指導において教員が、学生の歩く道をきれいに掃除して、歩きやすくしてしまっていることがよくあります。教員が示した方向に歩いていけば目標にたどり着けるというように。

学生は失敗することを恐れていますが、「失敗したら、私が責任をとるので、とにかくやってみなさい」と背中を押しています。企業とのプロジェクトで実際に謝りに行ったこともありますけど(笑)。学生は、なぜ失敗したのか、自分の行動を振り返って、自分の足りなかったところを知り、心からお詫びをする――。成長に欠かせない経験だと思います。

グランプリの事例を基礎力育成カリキュラムの参考に

――社会人基礎力育成グランプリの活動について教えてください。
市川 社会人基礎力協議会では、様々な授業などの活動を通して社会人基礎力の成長を競う「人生100年時代の社会人基礎力育成グランプリ」を毎年開催しています。新しく参加する大学や高専、短大もあり、様々な教育の事例が増えてきました。グランプリの内容については、社会人基礎力協議会のウェブサイトで公開しているので、「社会人基礎力を授業にとりいれたい」と考えている教職員の方に参考にしていただけたらと思います。
事例を見て、この方法はうちの大学でもできるとか、授業に取り入れられそうだというきっかけになれば嬉しいです。2020年度大会は、コロナ禍にも負けず、学生同士がウェブを活用してオンライン上で様々な実践を行い、コミュニケーション力を磨いた例も見られました。

kisoryokuikusei2_1.jpg 長尾先生と社会人基礎力協議会理事グランプリ委員会委員長で公立諏訪東京理科大学工学部の市川先生(オンラインで参加)
長尾 オンラインでも対面と遜色なく、課題解決に向けた取り組み事例を見て、「できたことができなくなった」ではなく、「できなかったことができるようになった」ということに光を当てることで、新しい価値が創造されていく。イノベーションの第一歩とはこういうことだとあらためて感じました。

真の目的は学生の成長であり、拠り所となるように

――社会人基礎力の育成で学生はどのように変わりましたか。
長尾 私が教えている拓殖大学では「拓殖人材」としてグローバルに活躍する能力をもった人材育成に力を入れています。偏差値教育の中で、自分に自信を持てない学生もいます。そのような学生に対して偏差値は一つの指標にすぎず、世の中には多くの価値観があると気づかせることで意識は変化します。そのため、大学の学びの中で自ら考え行動し、失敗しても再び挑戦して目的を達成できるようなプロジェクトを提供するようにしています。学生たちはプロジェクトをやり遂げたとき、自分の体験を自分の言葉で語り、相手に伝えることができるようになり、自信に満ちあふれた姿に変わるのです。

そんな真の自信を持っていても、人生では八方ふさがりになるときはあるでしょう。そのとき、どう突破できるか考え抜く――。社会人基礎力は、社会に出てからの拠り所でもあります。
(編集部 北原理恵)