就活を科学する(中)就活生が社員で会社を選ぶ理由

漂流する就活伊達洋駆

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このコラムの目的は、研究知と採用事例を参照しながら、学生の就職活動と企業の採用活動について紹介することです。第2回となる今回は、「学生はなぜ社員を見て会社を選ぶのか」という点を解説します。

企業選びの際に重視される要因

これまでの研究によれば、求職者が企業を選ぶ際に重視する要因として、「客観的要因」と「主観的要因」があることが明らかになっています。客観的要因とは、求職者が社外からでも観察できる特徴であり、給与、福利厚生、研修制度などが含まれます。採用サイトに掲載したり、説明会で伝えたりできる要因です。

他方、主観的要因とは、求職者自身のキャリアや働き方の価値観に適合しているかどうかという要因です。求職者の心理的なフィットを意味するため、通常は目に見えにくいものです。日本の学生の就職活動で言うと、企業のスペックで判断するのが客観的要因、自己分析に基づいて判断するのが主観的要因と考えることができます。

社員が組織のシグナルになる

ただし、実際のところ、客観的要因や主観的要因に基づいて企業を選ぶのは簡単ではありません。求職者は企業について限られた情報しか持たないため、企業間で優劣を付けるような正確な比較が難しいからです。

日本の学生の就職活動を思い浮かべてみてください。学生は働いたことがなく、企業の評価がしにくい。その上、就職活動は短期決戦で行われます。しかも、企業との接点は説明会や面接などの非日常的なものがほとんどです。就職活動において企業のことを深く理解するのは難しく、客観的要因に対しても主観的要因に対しても判断するために十分な情報を得られません。

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このように情報が限られた中でも、入社する企業を選ばなければならない学生は、就職活動で出会った社員から大きな影響を受けることが明らかになっています。例えば、学生が面接中の社員を観察し、その会社の特徴を推測するのです。目の前の社員がその会社を代表していると捉える学生の心理は、「シグナリング効果」と呼ばれます。社員の言動や特性が、組織を表すシグナルとして機能するということです。

社員との重要な接触

求職者が情報を十分に持たない中では、求職者と社員の接触が鍵を握る、という意味で、「クリティカルコンタクト」(重大な接触)という表現が用いられます。社員との接触から影響を受けるクリティカルコンタクトは、多くの研究で裏付けられています。例えば、就職活動で接する社員の人柄が、その会社の仕事をやってみようという求職者の気持ちを高めることが分かっています。

面接時のコミュニケーション満足度が、求職者の入社意欲やその会社を魅力的に思う感情を高めることも検証されていますし、その企業を選んだ理由の3分の1以上が、就職活動時に接した社員であったことを示す海外の調査もあります。

良い印象を形成する接触の特徴

どのような社員がどのように求職者と接すると、求職者は良い印象を抱くのでしょうか。まず、性格で言えば、「温かな」性格の社員と接すると、求職者が内定を受け入れる可能性が高まります。その会社に入ると温かい対応をしてもらえる、と求職者が推測するからでしょう。

次に、年齢ですが、年配の社員と若手の社員を比べると、「若手」の社員の方が求職者に好まれます。求職者は相対的に年齢が若いため、自分と類似性の高い若手に好印象を持つのでしょう。仕事に関する知識のレベルも大事です。「多くの知識」を持つ社員と接した求職者の方が、内定を受け入れやすい傾向にあります。社員の専門性に敬意を払い、良きロールモデルとなるからでしょう。

さらに、求職者に対する社員の行動では「カウンセリング行動」が有効です。相手の話を傾聴し、質問をすることで気づきを提供するような接し方をする社員が、求職者に良い印象を与えます。なお、人事担当者と現場社員のどちらが求職者の動機形成をもたらすのかを比較した複数の研究がありますが、結果は一貫していません。人事だから良いとか、現場だから良いとかはないのです。

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別の情報にも当たるように促そう

自分と対面した社員の中に、その会社の特徴を見出そうとする学生の行動は、限られた情報しか得られない就職活動という状況においては、一見すると合理的です。しかし、その合理性はあくまで、企業側が自社の実態に合った社員を学生に接触させている前提のもとで成り立ちます。

もし実態と乖離する特徴を持つ社員が学生に接したら、その企業に対して学生は不正確な理解を形成してしまいます。例えば、実際にはドライな風土の会社であるにもかかわらず、温かい雰囲気の社員を学生に紹介すると、確かに学生の好印象は得られますが、学生はその会社の労働環境を誤解することになります。

社員がその会社のシグナルとして機能するという原理を注意深く解釈すると、学生の良質な職業選択が妨げられる可能性もあることが分かります。学生に対しては、社員をもとに安易にその会社を判断せず、別の情報にしっかり当たるように促す必要があります。

例えば、できる限り多くの社員と会うことを勧めたり、インターンシップで業務に触れる経験をするように言ったりするなどの方法が考えられます。

プロフィール

伊達洋駆 伊達洋駆(株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役) 神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、HR領域を中心に調査・コンサルティング事業を展開し、研究知と実践知の両方を活用したサービス「アカデミックリサーチ」を提供。2013年から採用学研究所の所長、2017年から日本採用力検定協会の理事を務める。共著に『組織論と行動科学から見た 人と組織のマネジメントバイアス』(ソシム)や『「最高の人材」が入社する 採用の絶対ルール』(ナツメ社)がある。